青南プレゼンツ ブルースパワー A-サイド

株式会社青南商事はこの番組の活動を通じて、青森県弘前市のミュージックシーンを応援していきます。

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -
A-Side 2008年12月26日 ON AIR
☆James Cotton(ジェイムズ・コットン)
昨年(2010年)東京ビルボードにやってきたジェイムズ・コットンを観に行った。
コットンは10年ほど前から喉を患いここ数年はステージでほとんど歌わない。歌はバックバンドのメンバーが歌い、コットンはハーモニカだけを吹くというステージだ。かっての豪快な歌声を知っている者としては少し淋しい気がしたことは確かだ。ステージにも人の手を借りないと上がれないし、ステージ上でも椅子に座ってのライヴだ。曲の合間に少しMCをやりメンバー紹介をするのだが、その声さえ潰れていてしっかり聞き取れない。もちろんハーモニカのプレイも全盛期のパワフルさはない。だが、ステージ上のコットンのプレイは手抜きなどない現在の力をすべて出し切ったとても真摯なものだった。そして、スローの曲ではいままで聴いたことのないような、生まれた南部のサザン・ハープを思わせる牧歌的なプレイをしみじみと聴かせてくれた。やはり懐は深かった。年老いたがブルーズマンとしての気骨を見せた立派なステージだった。
1935年ミシシッピー州 チュニカ生まれ。
ジェイムズ・コットンは子供の頃ラジオから流れてきたサニーボーイ・ウィリアムスンのブルーズに強い影響を受けて、9才で家を出て弟子入りしたという。9才と言えば小学3年生だ。小3の頃の私と言えば、近所の駄菓子屋に入り浸り、野球や蝉取りに夢中になり勉強もあまりしない子供だった。その小3に家出して弟子入りか・・・。
コットンがメンフィスに出てきて最初の録音が1953年のサン・レコードでのシングル。この時18才だ。そして、メンフィスに演奏に来たシカゴ・ブルーズのボス、マディ・ウォーターズに引っ張られてシカゴへ。その後約10年間、マディ・バンドのメンバーとして活躍する傍らレコーディング・ハーピストとしても活躍し自己名義のアルバムを出す。
しかし、一段とその名前が上がったのがアルバム「100%Cotton」のリリースだった。このアルバムがリリースされた1974年頃、黒人音楽の主流はニュー・ソウル、ファンクになり、ブルーズ・シーンは低迷していた。その時期にパワフルで、アップ・トゥ・デイトなサウンドとビートが満載の「100%Cotton」は実に新鮮なブルーズだった。

☆今回のOn Air曲
1.Boogie Thing/The James Cotton Band
今日の1曲目は「かっこいい」のひと言で始まるこの「ブギ・シング」から。これは伝統的なジョン・リー・フッカーのブギのリズム・パターンを使い、ジェイムズ・コットン・バンドがそれに新たな息吹を与えてヴィヴィッドなブギ・ナンバーとして生き返らせたもの。アルバム「100%Cotton」の1曲目に入っているのだが、初めてレコードの針を落とした時あまりのかっこ良さにしばし呆然としたものだ。イントロから始まる2拍3連、そしてその後メンバー全員で「Boogie Thing〜」と歌う男っぽさ。いゃ、かっこいい!そしてその後は怒濤のブギのグルーヴが続く。ジェイムズ・コットンではなくジェイムズ・コットン・バンドと名乗っているがまさに「バンド」的結束を強く感じさせる曲だ。

2.One More Mile/The James Cotton Band
もう一曲、どかぁ〜んと聴いてもらいます。これはコットン自身が歌っていた古いブルーズを16ビートによって再生させたもの。トラッドなブルーズを下手にアレンジすると失敗することの方が多いが、これは成功した希有な例。こういうアレンジが成功した大きな理由のひとつは、リズム隊である若いドラムのケニー・ジョンソンとベースのチャールズ・キャルミーズの繰り出す新しいグルーヴと、オーセンティックなブルーズの要素を外さないマット・マーフィのギター・ワークがマッチしたからだ。

3.Rocket 88/The James Cotton Band
このアルバムの大きな要はギターのマット・マーフィが繰り出しているシャープでファンキーなリズム・ギターだ。実際、バンドの名前はコットン名義だがマーフィはこのバンドのバンドマスター的存在でアレンジ、選曲に深く関わっていた。彼の存在なくしてファンキーとトラッドを併せ持ったこのバンドはなかったと思う。
彼の名前はかの「ブルーズ・ブラザーズ」のメンバーでもあったので知っている方も多いと思う。そのキャリアの初期にはハウリン・ウルフのバンドに在籍し、その後シカゴでメンフィス・スリムの右腕として活躍。メンフィス・スリムがフランスに移住してしまったあとはシカゴのチェス・レコードなどでスタジオ・ミュージシャンとして名前を上げた職人的ギタリスト。まさにブルーズ・ギターの達人の一人だ。
この曲"Rocket 88"は1951年に「アイク・ターナー&ザ・キング・オブ・リズム」がジャッキー・ブレストンという歌手名義で大ヒットさせた曲で、ブルーズとロックンロール史上とても重要な曲。
ロックンロールが発生した最初の1曲とも言われている。
実は1975年に、つまりアルバム「100%Cotton」が
リリースされた翌年にアルバムとまったく同じメンバーでのコットンのライヴを私はカリフォルニアで観た。最初、ギターのマット・マーフィーをフィーチャーしたインストを2曲ほどした後、コットンが長いシールドを使って楽屋からハープを吹きながら登場。そこからはもう嵐のような強烈な演奏の連続で最後はハープを口に叩き付けるコットンの口から血が流れていた。プロレスじゃないんだから・・・・。当時最高に脂の乗っていたこのコットン・バンドのライヴを観れたことは
幸運だった。

☆今回のお薦めアルバム
100%コットン/The James Cotton Band (Universe UV 098)
1974年リリースのブルーズ史上画期的なアルバム。いわゆる「ファンク・ブルーズ」と呼ばれるジャンルのブルーズの代表的なアルバムだ。
しかし、いまでこそ評価の高いアルバムとなったがこのアルバムがリリース当時、保守的なブルーズ・ファン、評論家連中にコテンパンにやっつけられたのを私は忘れない。16ビートを使っているからとかなんとか訳の分からない理由でこきおろされたのだ。当時私がウエストロード・ブルーズバンドでいち早くこのアルバムのカヴァーをやったところファンの一部から「なんであんなブルーズやんの?」と言われたこともある。私はひとこと「かっこええからや」と言った。実際、本当にいま聴いてもかっこいい。こういうかっこ良さでブルーズに親しんでくれる若い人も多い。なにもロバート・ジョンソンやチャーリー・パットンだけがブルーズじゃない。これは1970年代中期の最もアップ・トゥ・デイトなブルーズ・アルバムだったのだ。

JUGEMテーマ:ブルースパワー
 
On Air曲 | comments(0) | -
スポンサーサイト
- | - | -
Comments
Post a Comment