青南プレゼンツ ブルースパワー A-サイド

株式会社青南商事はこの番組の活動を通じて、青森県弘前市のミュージックシーンを応援していきます。

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A-Side 2009年3月20日 ON AIR
『弘前にも縁の深い、いぶし銀のブルーズマン』
☆Eddie Taylor(エディ・テイラー/1923-1985)
今回は先頃P-Vine Recordsからエディ・テイラーの「ライヴ・イン・ジャパン1977 デラックス・エディション」のアルバムがリリースされたので取り上げてみます。
実はこのアルバムがライヴ録音された77年の来日時にエディ・テイラーはこの弘前の地を踏んでいるんです。それは熱心な弘前のファンの方々がお金を出し合って彼を弘前に呼ぼうということで実現したものだったそうです。私は来日のスケジュールを見た時に公演地が東京、京都、大阪、福岡、札幌、名古屋という大都市の中で青森県の弘前が何故入っているのか不思議に思ったことを憶えています。77年12月おそらく雪深かった弘前に彼らはどういう想いを抱いたのでしょう。同じように寒く冷たい風の吹く別名「ウィンディ・シティ」の地元シカゴを想い出したかも知れません。
では、まずはエディ・テイラーを代表するこの曲から・・・・。

1.Bad Boy/Eddie Taylor
この曲は50年代から60年代にかけて大ヒットを連発していたブルーズマン、ジミー・リードの右腕として活躍していたエディ・テイラーが同じレーベルのVJレコードから出したシングルでした。
もう典型的とも言えるシカゴ・ダウンホーム・ブルーズの味わいですね。
アルバムのライナーを担当している小出君が「もはや、こんなトラディッショナル味のブルースを歌ってくれる人はいなくなってしまった」と書いているが、本当に振り返れば最近はシカゴ・ブルーズと言ってもやたらハイテンションなブルーズマンばかりでもうこういうコッテリした味わい深いトラッドなシカゴ・ブルースを歌う人はいなくなりました。
シカゴのこういう部分が受け継がれなかったのは本当に残念です。

2.Going Down Slow/Eddie Taylor
僕が京都で彼を観た時に最初に歌ったのが確かこの曲だった。何故憶えているかと言えば、「アンプの調子が良ければオレはもっといい演奏ができるんだけど・・・まあ、ベストを尽くすけどね」みたいなことを言って不機嫌そうにこの曲を始めたから。
実は一緒に来たギターのルイス・マイヤーズとベースのデイヴ・マイヤーズはこの来日より前74年の「第1回ブルース・フェスティバル」でドラムのフレッド・ビロウとともに「ジ・エイシズ」の一員として来ていた。そのマイヤーズ兄弟とエディ・テイラーの人間関係
がうまくいってない感じでルイスとギターの音量をどんどん上げ合いみたいになってしまってアンサンブルが悪くなってしまったのですが、今回のこのアルバムではそれもいい感じで調節されています。
ミシシッピー出身のエディ・テイラーは幼い頃からロバート・ジョンソン、チャーリー・パットンと言ったディープなミシシッピー・デルタのブルーズを聴いて育った。初めてギターを持ったのが13才の時。
のちにシカゴで再会するジミー・リードとはその頃からの知り合いでエディ・テイラーはジミー・リードにギターを教えてやったという。
これは右腕として活躍していたそのジミー・リードの曲です。そのジミー・リードの大半のレコーディングでギターを弾いていたこのエディ・テイラーですが、もうそれは名職人芸でゆったりとしたシャッフルのグルーヴはこの人なくしてはできなかったと思います。ジミー・リードの録音ではギター・ソロの印象はそんなになかったのですが、この来日の時に意外とアグレッシヴなソロを弾くので驚きました。

3.Signals Of Love/Eddie Taylor
20代のはじめメンフィスで少し活動したあと49年にシカゴにやってきてブルーズ・ハーピスト(ハーモニカ奏者)のスヌーキー・プライヤーやギタリストのフロイド・ジョーンズと演奏を始めた。
53年頃から大ヒットを次々と飛ばすジミー・リードの重要なサイドマンとして活躍し、55年には今日1曲目にOn Airした"Bad Boy"をヴィー・ジェイ・レコードからリリース。その後も"Ride 'Em On Down","Big Town Playboy"などをリリースするがジミー・リードほどのヒットには至らなかった。彼はそのバッキング・ギターの上手さからジョン・リー・フッカーやエルモア・ジェイムズはじめ多くのブルーズマンのバック・ギタリストとして活躍した。初のソロ・アルバム"I Feel So Bad"をリリースしたのは1972年、50才になろうとする時だった。そのアルバムも素晴らしい1枚だが今回は今日On Airした「ライヴ・イン・ジャパン1977 デラックス・エディション」をお薦めアルバムとして挙げました。
次回は今回のエディ・テイラーが右腕として活躍した50年代〜60年代のブルーズのヒット・メイカー、ジミー・リードをお送りします!
お楽しみにHey!Hey!The Blues Is Alright!!

☆今回のお薦めアルバム
Eddie Taylor with Louis Myers,Dave Myers And Odie Payne Jr. Live In Japan 1977 Deluxe Edition(P-ヴァイン・レコーズ PCD-28007〜8)
正確に言うとこのアルバムはエディ・テイラーだけでなく一緒にステージに立ったルイスとデイヴのマイヤーズ兄弟の歌もドラムのオディ・ペインの歌も収録されている。つまり、このコンサートはみんなが歌うレヴュー形式で行われた。ルイス・マイヤーズも素晴らしいギタリスト&ヴォーカリストでそれなりのプライドもあっただろうし、エディの方も「オレが」という気持ちが強く時にあまりコンビネーションがうまく行ってないところもあったが、こういう純シカゴ・ブルーズ・サウンドが日本で記録されたことは貴重だ。しかも隠れたサイドマンとしての評価が強かったエディの歌とギターを目の当たりで聴けたことは更に貴重だった。ちなみに本当はフエントン・ロビンソンが来日する予定だったのが急遽来日できなくなりエディ・テイラーはその代打だったのだ。そういうこともなければこのいぶし銀のブルーズマンは来日してなかったかも知れない。


JUGEMテーマ:ブルースパワー
 
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