青南プレゼンツ ブルースパワー A-サイド

株式会社青南商事はこの番組の活動を通じて、青森県弘前市のミュージックシーンを応援していきます。

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A-Side 2008年10月31日 ON AIR

Guitar Slim(ギター・スリム)

ギター・スリムと言う名前はアール・キング、バディ・ガイ、ゲイトマウス・ブラウンなどルイジアナ或はテキサス出身のブルーズマンのインタビューからよくその名前が出てくる(ジミ・ヘンドリックスのインタビューでも名前が挙がっていたなぁ)。アール・キングに至ってはギター・スリムと名乗ってライヴをやっていたこともあるというからめちゃくちゃですが・・。でも、そのくらいギター・スリムに影響を受け、彼の曲はほとんど出来たという話。

まあ、とにかく影響力のあったブルーズマンですが、ギター・スリムと言えばこれ!と言う曲が今日の1曲目です。

「オレがよくやっていたことはオレはもうやらないんだ。オマエの手を握りしめてどうか行かないでくれって以前は泣いたものだけど、もうそんなことやらないんだ。もうオマエを喜ばせることはしないんだ」つまり決別の歌ですね。もうオマエとはいっしょにやってられないという別れの歌です。たぶん、他に男がいるモテる女なんでしょうね。

1954R&Bチャートで1位になりその年に最も売れたブルーズ、R&B曲です。

1.The Things That I Used To Do/Guitar Slim

 

聴いてもらってわかると思いますが、ギターの音が歪んでいます。というのもこの人、めっちゃ音大きいんです。それでギター・アンプの音がいつも歪んでいます。

クラブでライヴやっている時は1マイル(1609メートル)

離れていても音が聞こえたといいますから、やはりかなりでかかったんでしょう。

レコーディングする時もギターの音が異常にでかくて、録音エンジニアは大変だったそうです。

大変だったのは音量だけではなく、生き方も大変な人で毎日毎晩大酒を飲み、女をはべらして、毎日をパーティのように生きた人でした。普通の人が生きる半分の時間で人生を思いっきり駆け抜けたような人です。

そういう生活をしていたら当然のように33才という若さで亡くなりました。

自分の宣伝みたいな歌ですが・・・次は。

「オレはギター・スリムって呼ばれてるんだ。君の町に演奏にやってきたんだ。もし、オレの音楽を好きじゃなかったら町をウロウロするつもりはないよ・・・」

2.Guitar Slim/Guitar Slim

 

次の歌は元々ゴスペルだったものをベースにしていると思います。

歌い方やアレンジ、曲調などにゴスペルのテイストがあり、実はこのギター・スリムはブルーズにゴスペルの要素を持ち込んだ最初のブルーズマンと言われています。

偉大なレイ・チャールズが自分の音楽にゴスペルのテイストを入れたことで大ヒットを出して有名になりましたが、実は今日最初に聴いてもらった"The Things That I Used To Do"のピアノを弾いているのはまだブレイクする前のレイ・チャールズなんです。

このギター・スリムからレイ・チャールズは自分の進む音楽のヒントを得たのかも知れません。

3.Well I Done Got Over It/Guitar Slim

 

ギター・スリムがミュージシャンとして活躍したのはおよそ10年、1950年から59年までです。

さきほども言いましたように33才という若さで亡くなりましたが、彼が多くのミュージシャンに与えた影響は計り知れません。

そして、1曲目の"The Things That I Used To Do"はいまやブルーズのスタンダード曲としていまもたくさんのブルーズマンに歌われ継がれています。

では、最後にもう1曲ギタースリムで「ガール・フレンドへの手紙」・・・日本語で訳すと正味でんなぁ。

4.A Letter To My Girl Friend/Guitar Slim


☆今回のお薦めアルバム

The Things That I Used To Do/Guitar SlimP-Vine RecordsPCD-1901  オリジナルはSpecialty Records )


ギター・スリムはまずこのアルバムというのがこの"The Things That IUsed To Do"。大ヒットのタイトル曲を含むスペシャルティ・レコード時代のアルバムで、私が持っているのは以前日本のP-Vineレコードから出ていましたが現在どうもないようです。中古店で探すかネットで探すか・・・。でも、オリジナル盤の値段が高ければほぼ同じ内容の

次のアルバムが出ていますのでそれを買ってください。Sufferin Mind/Guitar Slim(Specialty アメリカ輸入盤)アルバムのジャケット写真のスリムさんの顔が日本人的(田舎町の日焼けしすぎ、酒飲み過ぎの遊び人というムード)で非常に親しみを感じます。

 

The Things That I Used To Do/Guitar SlimP-Vine Records PCD-1901  オリジナルはSpecialty Records )




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Side A 2008年10月17日 On AIr

FREDDY KING

ブルーズ史上「3大キング」と言われる1人が今回のフレディ・ キング。1934年にテキサスで生まれている。

あとのふたりのキング、B.B.キング、アルバート・キングより

10才ほど年下なのに亡くなったのは一番早かった(ちなみにフレディはモダン・ブルーズの若手といわれたマジック・サムやオーティス・ラッ シュと同年代だ)。いまもB.B.が現役として素晴らしいステージを続けているがアルバートもすでに鬼籍に入り淋しい限りだ。

3人ともそれぞれ独自の演奏スタイルをもっていて、それぞれヒット曲 もあり黒人ブルーズマンとしてはポピュラーな存在で誰がいちばんということはない。

フレディ・キングが他のふたりのキングと最も違うところはギターのイ ンストルメンタル曲のヒットが多いことだろう。それ故に、ギタリストととしての注目度は最初から大きく、かのエリック・クラプトンも若き 日はこのフレディ・キングのギターのコピーに励んでいたというか、 「そのまんまフレディ」もたくさんある。そのクラプトンが「ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズ」時代に録音しているフレディ・キ ングの最大のヒットをまず聴いてください。これが1960年リリースのオリジナル「ハイダウェイ」。

 

1.Hide Away/Freddy King

フレディ・キングは16才までテキサスに住んでいたのでテキサ ス・ブルーズギターの影響を随所に聴くことができるのだが、この「ハイダウェイ」ではライトニン・ホプキンスのテイストも聴くことができ ます。

いまやブルーズのインストルメンタル曲の定番です。

 

2.You're Got To Love Her With A Feeling

フレディは歌もギターもそのテンションの高さでロック系のギタリスト からの尊敬も多く集めているが、こういうゆったりとしたミディアム・テンポの曲での味わいもなかなかにいい。

本人はシカゴ・ブルーズギターの名手、ジミー・ロジャースも私淑して いたようでその片鱗もギターの所々で窺える。

 

3.I'm Tore Down

61年にビルボード・チャートの上位に挙がったフレディの看板曲のひとつ。これもクラプトンがカヴァーしているが、ステービー・レイボーン、忘れちゃいけないマジック・サムも録音しているいまやブルーズ・ クラシックスの1曲。「オレはもう君にメロメロ」と、どうしょうもなく女にホレてしまった歌。

 

4.Going Down

フレディ・キングのレコーディング歴は6066年のフェデ ラル/キング時代、6869年のコテリオン/アトランティック時代、70年代に入ってレオン・ラッセルのレーベ ルであるシェルター時代、そしてクラプトンのレーベルだった

RSOとなる。この"Going Down"はシェルター時代のアルバ ム"Getting Ready"に収録されている。歌もギターもテンションが高くかなりロック・テイストの強いものになっている。

 

最初に書いた3人のキングが60年代終わりから70年にかけてそれぞれ違うスタイルを取り入れていたことにいま気づいた。

B.B.キングはソウル的になりスティービー・ワンダーとのコラボがあり、アルバート・キングはスタックス・レコードでファンク・グループ のバーケーズなどをバックにファンク化していた。そして、このフレ ディはレオン・ラッセルやクラプトンとの交流がありロック方面に進出しロック・フェスティバルに出演していた映像なども残っている。実は 先日、ブートレッグ映像で「グランド・ファンク・レイルロード」のコ ンサートにオープニングで出演しているフレディを入手した。もう血管キレそうなくらいのテンションだった。

 

そのテンションの高さが原因だったわけでもないと思うが、フレディは 1976年に心臓病で42才という若さで亡くなってしまった。


☆今回のお薦めアルバム

Freddy King Sings/Freddy King P-Vine PCD-3831)


オリジナルは1961年アメリカのキング・レコードのリリース。これがフレディ・キングのファースト・アルバムだ。ギターのインパクトも強い人だがこのアルバムタイトルにもあるように"Sings"・・・歌も力強くて素晴らしい。今日On Airし た"You're Got To Love Her With A Feeling" "I'm ToreDown"が収録されているし、クラプトンが得意曲にしていたスロー・ブルーズ"Have You EverLoved A Woman"のオリジナルも入っている。私が初めて買ったフレディのアルバムはこれだった。もうアナログ・レコード盤は擦り切れて聴けない状態になり10年くらい前にCDを買った。そのくらい愛聴してきたアルバムだ。



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SIDE A 2008年10月3日 On Air

Elmore James

今回はブルーズのスライド・ギターと言えば必ず名前がでるエルモア・ ジェイムズの特集です。

ブルーズ・フィールドではハウンドドッグ・テイラー、ホームシック・ ジェイムズ、J.B.ハットー、ロックではデュアン・オールマンなどこのエルモアのフォロワーは多い。

 

60年代のブリティッシュ・ブルーズ創世期のバンド「フリート・ウッドマック」のギタリスト、ジェレミー・スペンサーなんかはエルモアだけが熱狂的に好きでブルーズをやっていたような印象がある。その人の人生を変えてしまうくらいエルモア・ジェイムズのブルーズから受けるインパクトは強い。いつもフル・スピードで走っているようなパワフルでソウルフルな歌と一度聴いたら忘れられない強烈なスライド・ギターは個性的なミュージシャンが多いブルーズの中でもワン&オンリーの存在だ。

 

では、最初に彼の代名詞ともなったこの曲から聴いてみましょう!


1.Dust My Broom

これは1930年代の伝説のブルーズマン、ロバート・ジョンソンの"I Believe I'll Dust Mt Broom"が原曲。

いろんな男に色目を使う女に愛想を尽かせて、きれいさっぱり部屋を片付けてオレはもうここを出ていくよ・・・・という内容。

ギターのチャッチャッチャッ・・・という3連符が頻繁に出てくるが、これがエルモアのギター奏法の大きな特徴でこの曲のタイトルから「ブルーム(Broom)調」と呼ばれている。ちなみにエルモアのバンド名もこの曲名からとって「ブルーム・ダスターズ」この手の曲がアルバムに何曲も入っており、それもキーがほとんど同じだったことから最初聴いた時は「ひどいレコードを買ってしまった」と騙された気分になった。

ところが、ずっと聴き重ねていくうちに塩昆布のように味が出てきてやみつきになるのがこのエルモア・ジェイムズ。

 

次はスロー・ブルーズ。

のっけのギターの音色だけでもやられてしまうが、その後に続く魂のこもった素晴らしい歌!

歌詞はこうだ。

「空が泣いている。ストリートに涙が転がり落ちるように空が泣いている。

あの娘をずっと探しているんだけどどこにいるのかわからないんだ。

ある日、あの娘がストリートを歩いているのをみかけたんだ。

それを見ただけでオレの心は飛び跳ねてオレはうれしくなってしまう。

ああ、いやな気分だよ。あの娘はもうオレのことを愛してないんだよ。

ああ、空は泣き続けている。オレの部屋のドアまで涙が転がり落ちて来るんだ」

 

2.The Sky Is Crying

この"The Sky Is Crying"は多くのブルーズマン、ロック・ミュージシャンに取り上げられている(スライド・ギターを弾かない人たちにも)。それはとにかく、この切ない歌詞がたまらなくいいからだ

ろう。

 

3.Elmore's Contribution To Jazz

インストルメンタルの曲でタイトルは「ジャズへのエルモアの寄付・・

貢献」とでも訳すのでしようか?

素晴らしくスピード感のあるプレイでエルモアのスライド・ギターの切れ味も鋭い。

やはり、スライド・ギターの巨人という呼び名にふさわしい演奏だ。

 

次の曲はまだエルモアを知らないころにオールマン・ブラザーズ・バンドのアルバム「アット・フィルモア・イースト」に収録されているカバーで知った。エルモアをカバーしたたくさんのギタリストの中ではデュアン・オールマンがそのニュアンスをもいちばん伝えていていると思う。一度、オールマンの方も聴いてみると面白いですよ。

 

4. Done Somebody Wrong

エルモア・ジェイムズは1918年にミシシッピーで生まれている。

14才の頃には週末はクラブで演奏していたというからやはり才能はあったのだろう。

1937年〜38年頃には(エルモアは20歳くらい)ロバート・ジョンソンやサニーボーイ・ウィリアムスンと南部を放浪しているから相当な強者だ。そのサニーボーイのレコーディングに誘われてついでに録音したのが、今日最初に聴いてもらった"Dust My Broom"。これがヒットしてR&Bチャートのトップ10入りをした。

彼はずっと心臓が悪くていつ死ぬかわからないという不安につきまとわれていた。歌詞の中にも"My Time Ain't Long"というのが度々出てくる。そして、1963年、45才という若さで亡くなった。

実はこのエルモアの素晴らしい伝記本が出版されているので興味のある方は是非読んでみてください。

「伝エルモア・ジェイムズ ギターに削られた命」(スティーブ・フランツ著 西垣浩二訳 ブルース・インターアクションズ刊ン)

 

☆今回のお薦めアルバム

The Very Best Of Elmore James・ Dust My Broom/エルモア・ ジェイムズ(P-Vine Records PCD23548)

エルモアにはいいアルバムがたくさんあるのですが、今回は現在入手しやすいアルバムということで日本盤のこのベスト盤をお薦めします。

50年代から60年代にかけて録音されたエルモアの音源を集めたもので代表作(Dust My Broom,The Sky Is Crying,Shake Your Money Maker,It Hurts Me Too, Please Find My Babyなど)はほぼ収録されています。たぶん、これを聴いた翌日にはブルーム調のチャッチャッチャッ・・・という3連符が一日中頭で鳴っていると思います。

まず手始めにここからエルモアに入りあとは深いエルモアの世界の旅に出かけてください。

The Very Best Of Elmore James Dust My Broom/エルモア・ ジェイムズ(P-Vine Records PCD23548)


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「ブルース・ハーモニカの扉」
11/3に鈴木楽器から発売されたKOTEZくんと僕が作ったアルバム
「ブルース・ハーモニカの扉」が好評です。

今回はブルーズにおけるハーモニカの魅力をよりたくさんの方に知ってもらおうという企画で、KOTEZくんと僕が演奏したCDプラスハーモニカがひとつ付いたボックスになっています。それで3500円!ハーモニカだけでも3000円くらいするので破格の値段です。
CDの方はKOTEZくんが指導してくれて練習できる教則的な意味合いのトラックもあり、そのあとにKOTEZ君のハーモニカがなくて僕と一緒に練習できるトラックも入ってます。

ハーモニカはポケットにも入るしどこでも練習できます。
そして、みなさんご存知だと思いますがハーモニカの音色はとても心和むものです。


この機会にもう一度ハーモニカを手にしてみてください。
プロモーション・サイトも出来上がりました!CDとハーモニカ付きの今回の製品がどんなものかわかるように説明されていますし、僕とKOTEZくんのメッセージ画像もアップされています。

ご覧になってください
http://www.suzuki-music.co.jp/special/blues_harmonica/index.htm

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A-Side 第25回 2008/9/19
今回もFM奄美からのOn Airだ。それで前回、坪山さんに素晴らしい島唄を聴かせていただいている時にどこか坪山さんの歌に似ているものを感じたブルーズを4曲、今回はお送りします。

1.You Gotta Move/Fred McDowell
この曲はローリング・ストーンズのアルバム「スティッキー・フィンガーズ」でカヴァーされているのでご存知の方もいると思います。また、この偉大なブルーズマン、フレッド・マクダェルはかのボニー・レイット嬢の師匠でもあります。
フレッド・マクダェルのブルーズというのはそのスライド・ギターの素晴らしさも含めてグルーヴの塊です。しかし、1920年代から南部で農民として生活しながら演奏していた彼が初めてレコーディテングされたのは50才頃だった。つまり彼は生活と音楽(ブルーズ)が一体となった日々をずっとつづけていたのだ。
その強烈なビートで彼はささやかなパーティや小さな酒場で近所の人たちをダンスさせていたのだ。

2.Baby Please Don't Go/Mance Lipscomb
このマンス・リプスコムもフレッド・マクダェルと同じように農民として暮らしながら自分のサークルの中でずっと歌ってきた人だ。この人が初録音されたのはなんと65才の時だ。レパートリーはブルーズだけでなく宗教的な歌やバラッドなど。こういう様々なレパートリーの歌手のことをソング・スターというのだが、彼のアルバム・タイトルにも「テキサス・ソング・スター」というのがある。

3.Mojo Hand/Lightnin'Hopkins
4.Coffee for Mama/Lightnin'Hopkins
ライトニン・ホプキンスは私が好きなブルーズマンの5傑に入る。船大工だった坪山さんが頭にタオルを撒いて三線を持っているアルバム・ジャケットを初めて見た時、私はすぐにこのライトニンを想い出した。というのもライトニンもよく首にタオルをかけているからだ。
ウィスキーのポケット瓶を持って、首にタオルをかけてご機嫌な顔をしているというのがライトニンだ。

☆今回と前回は素晴らしい奄美の風景の中、素晴らしい人たちに出会うことができました。ライヴハウス「ASIVI」でのライヴも野外のフェスティバルもゆったりとした雰囲気の中楽しませてもらいました。
そして、この収録に協力してくださったFM奄美のスタッフのみなさんありがとう!また、行く日を楽しみにしています。
Hey Hey! The
Blues Alright!!

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A-Side 第24回 2008/9/5
☆スペシャル・ゲスト  坪山豊さん
今回は私のバンド「blues.the-butcher-590213(ブルーズ・ザ・ブッチャー)」が奄美大島にツアーに行くことになり、この番組がOn Airされているネット局である奄美大島の「FM奄美」での収録となった。しかも、以前からお会いしたかった奄美の島唄の第一人者である坪山豊さんにスタジオに来ていただけることになった。そして、お話の合間に坪山さんが三線(サンシン)を弾きながら歌われる島唄を目の前で聴けるという幸せな時間を過ごさせてもらった。
元々はこの「BLUES POWER」のHPにも写真を提供されている写真家の菅原一剛さんが、「ホトケさん、坪山豊さんって知ってますか?」と言って私に坪山さんのCDを貸してくださり、奄美や島唄のことを私に教えてくれたところから話は始まった。

☆On AIr 曲
1.諸鈍長浜/坪山豊
奄美から船で10分ほどのところにある美しい島、加計呂麻島(かけろまじま)に諸鈍長浜(しょどんながはま)という素晴らしい浜辺があり私も行ったのですが、その浜辺のことを歌った島唄です。坪山さんは少し喉の調子が良くないとおっしゃっていましたが、それでも歌っている内にどんどんいい感じになりスタジオにいた者たちはとっても幸せな気持ちになりました。
実はCDを聴く前まで私は島唄を沖縄民謡的なものと予想していたのですが、もっと情緒的であり内的なものを感じさせられました。
戦前の黒人ブルーズの弾き語りを聴いている感じに近い気持ちになりました。

2.雨ぐるみ節/坪山豊
この歌は「管鈍(地名)の方に雨雲がかかってきた・・・いや、あれは雨雲ではなく私のいとしい人の目からあふれる涙だ」という意味だそうです。
私が歌っているブルーズの中にも"Sky Is Crying"というやはり雨を人の涙に喩えている歌があり何か共通するものを感じました。

3.いきょーれ節/坪山豊
坪山さんの説明ではこれは別れの歌だそうだ。哀感のあるとてもいい歌だが、坪山さんの声がすごくよくて聞き惚れてしまった。

☆今回のお薦めアルバム
坪山豊・決定版(セントラル楽器 C-2)
1992年にリリースされている坪山さんの代表曲集と言っていいアルバムだ。坪山さんは元々船大工さんだが、港ではちまきをして三線を弾きながら歌っているこのジャケット写真が坪山さんそのものをとてもよく表している。黒人のカントリー・ブルーズマンのジャケットに似た匂いがする。
島唄は奄美の古い言葉で歌われているのでこのCDにも歌詞の解説がついている。一度是非聴いてみてください。いいですよぉ。
坪山さんのCDと映像を購入されたい方はこちらのHPを訪ねてみてください。
http://www.simauta.net/tsuboyama_yutaka.html

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A-Side 第23回 2008/8/8
☆スペシャル・ゲスト  ムッシュかまやつ☆
前回に引き続きムッシュかまやつさんにゲストで来ていただいた。
前回はスパイダーズ時代とお父様のティーヴかまやつさんとのデュオ・アルバムなどをOn Airしながらお話を聞いたが、今回はムッシュのソロになってからの話を聞かせてもらった。
1970年にスパイダーズが解散してからムッシュをお見かけしたのは「ウォッカ・コリンズ」のステージだった。アラン・メリルが結成したこのバンドは日本で最高のグラム・ロック・バンドだった。日本でグラム・ロックという言葉出ると必ず「サディスティック・ミカ・バンド」の名前が出てくるのだが、音楽性においては遥かに上だった「ウォッカ・コリンズ」が私の記憶には残っている。東芝EMIからリリースされていた73年のアルバム「東京-ニューヨーク」がいまレコード店にあるかどうかわからないが、「ウォッカ・コリンズ」の実力と素晴らしさを知りたい方はなんとか入手してください。この70年代前半にムッシュは「どうにかなるさ」「のんびりいくさ」「シンシア」などのヒットを出し、75年には「我が良き友よ」が大ヒットしていた。この時代テレビ・ドラマにもよく出演されていたが、決してミュージシャンとしてのスタンスを崩されずいつもその時代の先端の音楽にアンテナを張られ鋭敏であるのは立派だと思っていた。ムッシュのお爺さまの故郷である弘前で一緒にライヴも出来て、私の番組にも来ていただいてありがとうございました。
今回は八戸で地震に遭い身動きできず、八戸の蕎麦屋さんに8時間もいてムッシュとともに酒を飲み続け話し続けましたが、不幸中の幸いというかとても楽しい時間を過ごせました。まさに「どうにかなるさ」でした。
また、一緒に北の旅をしましょう!ムッシュ!

☆On Air曲
1.なればいい/ザ・スパイダーズ  
今回の1曲目は66年リリースのスパイダーズのシングル「サマー・ガール」のカップリング曲「なればいい」だ。GSのアイドル・グループでもあったスパイダーズを考えると歌詞もサウンドも「だいじょうぶなの?」と思うほどサイケデリックで前衛的だった。当時高校生だった私は「サマー・ガール」を聞きたくて友達からこのシングルを借りたのだが、途中から「なればいい」ばかり聴いていた。「地球がさかさになればいい〜♪」という歌詞とメロディが耳から離れなくなってしまったのだ。

2.ゴロワーズを吸ったことがあるかい/ムッシュかまやつ
この語りのような素晴らしい曲はいまやムッシュを代表する曲になっている。こういう曲を作れる人も歌える人も日本にはいない。私は三番の歌詞が好きでとくにそのサビの「そうさ、なにかに凝らなくてはダメだ。狂ったように凝れば凝るほど、君は一人の人間としてしあわせな道を歩いているだろう」という一節は人間が生きて行く本質を捉えていると思う。

3.ハロー・ミスター・サンシャイン/ムッシュかまやつ
この曲は70年代半ばにコーヒーのコマーシャル・ソングとしてテレビから流れていた。それを歌っていたのはアメリカのカントリー・シンガー、タニア・タッカーという女性だったので私は長い間この曲の作者がムッシュだとは知らなかった。このムッシュが歌っているヴァージョンを聴いたのは随分と後だったが、私はこのムッシュ版の方が好きです。最後の「ミスター・サンシャイン、あなたは行ってしまうのだろうけど、毎日僕に会いに戻ってきてくれるよね」というところのムッシュの歌い方がとても好きです。

☆今回のお薦めアルバム
HIROSHI KAMAYATSU GOLDEN BEST(ウルトラ・ヴァイヴ  CDSOL-1126)
ムッシュはいままでにたくさんの音源を残されていて他にも素晴らしい曲がたくさんあり、とても前回と今回ではOn Airできませんでした。お話ももっと聴きたいのでまたゲストに来ていただきます。
それで今回はムッシュの代表曲、ヒット曲が満載されているこのアルバムまず聴いていただきたい。とても多彩な活躍をされこのアルバムに収録されている曲も実に様々なものがあるのですが、最後まで聴いてみるとひとつひとつ何の違和感もなく聴けてひとつのムッシュの世界になっています。歌手としてはもちろんですが、優れたソングライターとしてのムッシュにもっと曲を作ってもらいたいと思うのは私だけでしょうか。

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A-Side 第22回 2008/7/25
☆★スペシャル・ゲスト★☆
◆◇ムッシュかまやつ◇◆
今回は私が心から私淑しているムッシュかまやつさんをゲストにお迎えしました。
私がムッシュのステージを初めて生で観たのは中学2年の時です。
場所は名古屋の金山体育館でした。その時「愛なき世界/A WorldWithout Love」という曲で世界的大ヒットを出したイギリスの「ピーター&ゴードン」というデュオのコンサートがあるというので行ったのですが、その時の対バンがムッシュのいた「ザ・スパイダーズ」でした。
実は私がエレキ・ギター・バンドの音を生で聴いたのはそれが最初でした。つまり初めて聴いたエレキギターの音はムッシュのギターだったのです。
その時「ザ・スパイダーズ」はファンの女の子たちにキャーキャーと歓声を受けていました。エレキバンドをやれば女の子にモテる・・・と 思った瞬間でもありました。そして、のちに人生を勘違いして自分でバンドを始めいまに至る最初のきっかけでもありました。

☆On Air 曲
1.エレクトリックおばあちゃん/ザ・スパイダーズ
「ばあちゃん、弘前のばあちゃん〜」と始まるこの曲には津軽弁がいっぱい入っているので是非この番組でOn Airしたかった。これはスパイダーズが解散する少し前1970年の作品で作曲はムッシュです。スパイダーズが解散する前の曲にはかなりサイケなものがあって僕は大好きです。弘前の「マグネット」でのライヴでもこの一節をムッシュは歌ってくれました。

2.Walking My Baby Back Home/ティーブ釜萢
これはジャズ・ミュージシャンだったムッシュのお父様、ティーブ釜萢さんが歌われています。僕はムッシュとお父様のティーヴさんが一緒に作られたアルバム「Father&Mad Son」が大好きでいまでもよく聴いています。ティーヴさんは日本のジャズの黎明期に先頭になってジャズを広めた方でティーヴさんに教わったジャズ・シンガーの方は実にたくさんいます。僕の親父が持っていたナット・キング・コールのアルバムにこの曲が入っていたのでうっすら覚えていたが、残念ながら僕の親父はジャズ・シンガーではありませんでした。「Father&MadSon」のアルバム全体にムッシュのお父さんをリスペクトしている気持ちが表れていて心暖まります。

3.1920&1950/ティーブ釜萢&ムッシュかまやつこれはとても素敵なティーブさんとムッシュのデュエット曲。
1920年代のものが好きなお父さんのティーブさんと1950年代のものが好きなムッシュが互いに「僕はこれが好き、あれが好き」と言い合っているのだが、ふたりとも「きれいな女性が大好き」というところで一致するという楽しい歌です。
こんないい感じでデュエットできる親子って本当に素晴らしいと思います。

☆今回のお薦めアルバム
今回は2枚です。
1.The Spiders Best Tracks/ザ・スパイダーズ
もう「ザ・スパイダーズ」を知らない人たちがたくさんいると思うのでまずザ・スパイダーズのベスト盤をお薦めします。名曲「あの時君は若かった」「バンバンバン」「ノー・ノー・ボーイ」「フリフリ」などスパイダーズのヒットが満載されてます。もちろん「エレクトリックおばあちゃん」も収録されています。ちなみに「ザ・スパイダーズ」という名前はムッシュのお父様ティーブさんがつけられました。「スパイダーズ」は60年代にたくさんあったグループ・サウンズの中では群を抜いて音楽的センスのいいバンドでした。イギリス、アメリカでのロックの動向に鋭くてキャッチーな感覚があふれてました。そのセンスはオリジナルの曲をほとんど作られていたムッシュのものだったと思います。


2.Father&Mad Son/ティーブ釜萢&ムッシュかまやつ
このアルバムはたぶんいま販売されていません。すごくいいアルバムなのに残念です。ネットか中古レコード店でしつこく探してみてください。

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A-Side 第21回 2008/7/11
☆On Air曲
「blues.the-butcher-590213」
1st.Album"Spoonful"発売記念OnAir!!!

1.Spoonful/blues.the-butcher-590213
僕の新しいバンド「blues.the-butcher-590213」が初アルバム"Spoonful"を6月にリリースした。それで僭越ながらアルバム発売記念放送をさせてもらった。
アルバム・タイトルにもしたこの曲はハウリン・ウルフのオリジナルをベースにしたが、ライヴでやっていくうちに自分たちのテイストが出てきてハードないい感じの仕上がりになった。「スプーン一杯の金やダイヤで争う奴もいるけど、オレはスプーン一杯のおまえの愛があれば満足さ」という詞が素敵です。

2.Killing Floor/blues.the-butcher-590213
これもハウリン・ウルフがオリジナル。最初のギターによる攻撃的なテーマはシンプルだがグルーヴが必要なのでなかなか難しかった。でも、全員が入ったらあとは沼澤君のドカン、ドカンのドラムに導かれるように桃源郷へ。

3.So Many Roads So Many Trains/blues.the-butcher-590213
この曲をいつかはレコーディングしたいと長年思っていたので、それができた喜びは大きい。しかもメンバーが思っていた通りのレールを敷いてくれた。
レコーディングの時、イントロのギターから歌に入ったところで「決まった!」と思った。

☆今回のブルーズマン
blues.the-butcher-590213(ブルーズ・ザ・ブッチャー)  
2007〜
昨年(2007)「The Blues Power」を一緒に続けてきたギタリストの浅野祥之君が初アルバム"This Is The Blues Power"の発売日に急逝した。
それは私にもドラムの沼澤尚君にも言葉では言い表せない痛手を心に残した。すでに決められていたライヴはなんとかやったが、先のことが考えられなくなりやる気がまったく出なかった。そんな時沼澤君から「ホトケさん、ぼーっとしてたらダメですよ。浅野さんがやりたかったことをこれからも続けないと・・・・」とメールをいただいた。確かにブルーズをやり続けられなかった無念さは浅野君がいちばんあっただろう。亡くなる前にも自分のやりたい曲を次から次へと私にメールしてきていた。しっかりブルーズをやり続けていくことが浅野君へのいちばんの供養になるのかも知れないと思い始めた頃、沼澤君から出てきたアイデアがベースに中條卓君、ブルーズ・ハープにKOTEZ君を入れてやったらどうだろうというものだった。ブルーズをやるのにいちばん大切なこと、つまりブルーズがすごく好きで純正なブルーズをやる気があることをふたりは充分満たしていた。そして、私としてはもうひとりギタリストが欲しかったのだが、いろんな意味で浅野君の席を埋める人はいないという結論に達し私ががんばってひとりギターを弾くことになった。
そして、この4人でライヴを始めて1年も経たずに初アルバムの録音。新しいものの始まりだ。日本で唯一純正な新しいブルーズを目指すグループとしてこのアルバムをきっかけに精力的に活動していきたいと思ってます。よろしくお願いします。
ちなみにバンド名(ブルーズ・ザ・ブッチャー)のブッチャーは亡き浅野君のあだ名であり、590213は彼の誕生日1959年2月13日に由来している。
各メンバーの経歴など知りたい方は下記のそれぞれHPアドレスを訪ねてみてください。
永井ホトケ隆/http://www.hotoke-blues.com/
沼澤尚/http://www.numazawatakashi.com/index.html
中條卓/http://www.nakajoweb.com/
KOTEZ/http://www2.ocn.ne.jp/~tec/KOTEZ/

☆今回のお薦めアルバム
Spoonful/blues.the-butcher-590213(ブルーズ・ザ・ブッチャー)
P-ヴァイン・レコーズ PCD-26024

自分で自分のバンドのアルバムを「お薦め」で紹介するのは少し照れくさい。
今年(2008)の3月30日にたった1日ですべての曲を録った。レコーディングは基本的にライヴと同じで一発録り、オーバー・ダビングなしという方法だ。しかも個人的には練習しているもののバンドでのリハーサルというのはなかった。

私はギタリストとしてレコーディングを経験したのが昨年のThe Blues Powerの録音が生まれて初めてだった。でも、その時は浅野君という素晴らしいギタリストがいたので、ソロを弾くのは2曲ほどで済んだ。ところが今回は浅野君がいないのでギター・ソロもたくさん弾かなければならない。そのことが今回最もプレッシャーのかかるところだった。つまりリズム・ギターを弾きながら歌うだけでも録音となると神経を使うのにソロやちょっとしたテーマまでたくさん弾かなければならない。ここで普通ならメンバーやディレクターが「じゃ、ソロや歌はあとでダビングしましょう」と言ってくれるのだが、このバンドでは誰も何も言わない。当然のように一発録りが進行していく。私が「この曲さぁ、ギターだけ後入れさせてくれないかなぁ」とでも言おうものなら、「いつもライヴでギター弾きながらちゃんとやってるじゃないですか、大丈夫ですよ。大丈夫!」と沼澤君はじめメンバーに「ダメダメ」の集中砲火を浴びることになる。
それでもう死ぬ気の一発録りでやりました。でも、その一発録りの良さ、つまり緊張感のあるブルーズ・サウンドは表現できていると思います。そして、その音を実に巧みに録ってくれたのがエンジニアの渡辺省二郎さんであり、最終的に文句なしのマスタリングをしてくれた前田康二さんだった。このおふたりなくしてこういうリアルな迫ってくる音は出来なかった。
私がブルーズを歌い始めて35年ほどの歳月が流れた。いま再び私がやろうとしていることは純正なブルーズの表現だ。例えば「ブルーズもやってます」とか「ブルーズ系のバンド」ではなく、「blues.the-butcher-590213」は純正なブルーズバンドであり、ブルーズを正面からとらえて余計なものを入れないで演奏するバンドだ。そして、意図的なアレンジを排して演奏するうちに生まれる自分たちなりのオリジナリティを求めて録音したのが今回のアルバムだ。
是非聴いていただきたい。そして、私たちはこれからもブルーズの本質をまっすぐに求めて進みたいと思ってます。
最後にこのアルバムのジャケットは2月のめちゃ寒い日に写真家の菅原一剛さんによって弘前の青南商事の工場で撮っていただいた。すごく気に入った1枚だった。その日には工場内でプロモーション・ビデオも録ったがそれも菅原さんチームによって素晴らしい出来に仕上がった。菅原事務所のみなさん、青南商事さん、そしてアップルウェーブの方々には本当にお世話になりました。ありがとうございました。こうして何かの縁で弘前と出来た絆をますます深いものにしていきたいと思ってます。


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A-Side 第20回 2008/6/28
☆On Air 曲
1.Highwater Everywhere/Charley Patton
1927年ミシシッピー川が大雨で氾濫した時の様子を歌ったブルーズ。
「水がみるみる増えていき家は沈み人も沈んでいく。どこもかも洪水だ。」と、ふりかかる災害になす術もなく呆然としている貧しい黒人たちの姿が歌われている。この歌が歌われた1920年代からハリケーンに襲われては路頭に迷わなければならない最近まで、アメリカ国家の黒人や低所得者に対する姿勢は根本的に何も改善されていない。パットンの荒々しい声はその悲しさと怒りに満ちているように聴こえる。

2.It Won't Be Long/Charley Patton
It Won't Be Long(長くはないよ)って、どんな歌なのかと思ったら不倫のことだった。放浪のブルーズマンたちが訪ねた街や村の女たちに手を出すという話はよくあるがこれは相手が人妻。「俺はここに長くはいられないからな」と相手にワン・ナイトの関係であることを納得してもらおうとしてるのだろうか?そして、「このことは旦那はもちろん誰にも言うんじゃないぞ」と念を押している。ズルいと言えばズルい奴ですが、スターだっただけにフラフラと女が寄ってくるんですね。
この歌のメロディは去年私が「The Blues Power」でリリースしたアルバム「This Is The Blues Power」に収録した"Rolling &Tumblin'"の元曲です。いまも歌い継がれる永遠のブルーズ・メロディです。

3.Shake It And Break It/Charley Patton
パットンのような放浪のブルーズマンは酒場でお客が踊るためにこのようなダンサブルな曲をやるのが常でした。常々言っているようにブルーズは単に聴くためだけの音楽ではなくダンス・ミュージックという要素も強いのです。だから私のライヴでも踊り狂ってくれるとすごく嬉しいです。

4.Some Happy Day/Charley Patton
この曲はスピリチュアル、宗教歌です。「いつかは幸せな日がやってくる。神様とともに生きる日がくる」ということを歌ってますが、放浪のブルーズマンたちは世俗のことを歌ったブルーズだけでなく、こういう宗教の歌も歌うことも多かったのです。悪い事をたくさんやりながらも死ぬ時は天国に行きたいという気持ちがそうさせたのでしょうか。それもズルい気がしますが。

☆今回のブルーズマン
Charley Patton(チャーリー・パットン)1887-1934 
「デルタ・ブルーズの王様」と呼ばれるチャーリー・パットンはブルーズがレコーディングされ始めた頃の最初の大スターだった。
幼い頃、引っ越した先がミシシッピー・デルタにあるドッケリー農場だったパットンは近くに住むブルーズを歌う大人たちにギターと歌を教わった。そして、10代の中頃にはすでにミシシッピー・デルタではちょっとした人気者になっていた。パットンの父は仕事への才覚があり、他の黒人に自分の土地を貸したり雑貨屋を営んだりしていたが、パットンはそれらを継ぐことが嫌で自由になれる放浪のブルーズマンの道を選んだ。彼は酒とギャンブルにはあまり興味はなかったが、女には目がなかった。なにしろ女房と呼ばれる女だけでも8人はいたと言われている。北はシカゴあたり、南はニューオリンズ、西はテキサスあたりまで移動しながらいろんな町や村に女を作ってはブルーズを歌った。パットンはその強力なボトルネック・ギターだけでなく背中や股の間でギターを弾いたりかなりのエンターテナーだったという。アルバムにも「タンタン」という音がよく入っているがこれはギターをパーカッションのように叩いている音だ。1929年にパラマウントに初めてレコーディングしてからますます南部の大スターとして活躍し、後続のサン・ハウス、ロバート・ジョンソン、ハウリン・ウルフといったブルーズマンに強烈な影響を与えた。
残されているたった1枚のパットンの写真を見ると白人の血が入っているようにも見えるが、中国人やインディアンの血が入っていたのでは・・・という説もある。彼はそういう話をするのをすごく嫌がったという。白人からは黒人の血が一滴でも入っていれば黒人として差別されるし、黒人からは白い黒人として差別されるという二重の差別に彼は苦しんだことがあったのではないだろうか。そういうすべてから逃れ自分なりの自由を彼が得るためにはミュージシャンとして名を成すことが一番いい方法だったのだろう。旅の日々のつらく、危険なことも「スター、チャーリー・パットン」ということで救われたことも多かったという。しかし、43才の時持病の心臓病と旅の疲れが重なってパットンは若くして亡くなった。

☆今回のお薦めアルバム
ザ・コンプリート・レコーディングス/チャーリー・パットン 
(P-ヴァイン・レコーズ  PCD-2255)
チャーリー・パットンがパラマウント・レコードに残した全曲がこのアルバムに収録されている。他のブルーズマンのバックでギターを弾いているのも入れて60曲あまりだ。1929年から34年という年代なのでノイズがジリジリ・・・と入っている。そのノイズまじりのブルーズの中に南部を放浪して生きた男のリアルな姿が残されている。ブルーズ、宗教歌、ラグタイムなど様々なスタイルの曲が残されているが、それは放浪のブルーズマンであるとともに放浪のエンターテナーでもあった彼の音楽の記録でもある。とにかくこの3枚組にはエモーショナルで強烈な歌声と素晴らしいグルーヴを持ったギター、そしてイマジネーションを刺激される不思議な詞の世界が残されている。
この日本盤には詳細なライナーとレコーディング・データが付いているのでそれを読みながらアルバムを聴いて20〜30年代のアメリカ南部ミシシッピーに想いを馳せてください。

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